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内なる女性性と男性性の対話      サルビアとマルハナバチ編

私の男性性

見た目はマルハナバチ

住処は林の中のハチの巣

暑い盛りの昼時、ぼくらが一日で最も忙しい時間だ。今日は風もほどよい強さで、飛ぶのに何も苦労はなかった。仲間の連絡を受けたぼくは蜜を抱え込んだ花たちが待つという公園の一角にたどり着いた。サルビアが一面に咲き、かなりの面積を真っ赤に染めていた。

まちがいない。いいぞ、これは大収穫だ。

ぼくは喜び勇んでその真っ赤な絨毯目がけて急降下した。ぼくに気がついた花たちは笑いさざめきながら、そよ風にそのからだを揺らす。ぼくは数秒ホバリングすると狙いを定めて、窄まった赤い花の奥に身をすべり込ませた。途中、雄蕊の芯が邪魔で通り抜けづらいところがあり、ぼくは無理やり押しのけて奥にもぐり込んだ。雄蕊は僕に押されて、頭を垂れ、ぼくのからだに十分に花粉を擦り付ける。花粉集めは後だ。まずは蜜を。奥に進んだところで立ち止まった。ぼくの気門はこの花の蜜は持ち去られた後だと教えていた。蜜ツボに行くまでもない。ぼくは次の花へと飛び込んだ。サルビアの中は真っ赤な寝室だった。花びらを通過した強い太陽光に照らされたせいで、空間は真っ赤に染まっていた。あたたまった室内は蜜の妖艶な匂いで充満していた。その天然の媚薬を気門から吸い込む度に、ぼくは震えるように尾角を蠢かせた。

からだが痺れていく。

あまり吸い込めば体の力が抜け切って、巣に戻れなくなる。そうなる前に目的を遂げなくては。ぼくは蜜ツボを目指して、サルビアの細長い寝室の奥へ奥へと突き進んだ。一番奥に到達すると、そこには溺れるほどの豊かな蜜が湛えられていた。噛むように口に含んでいく。甘い蜜は熱にあたためられて発酵した酒のように匂った。目の前がだんだんと霞んでいく。

ぼくらは蜜の匂いに抗えない。堪らなく蜜の匂いに誘われもするが、蜜に溺れもする。欲張れば、ここで果てることになる。でも、もう少しだけ。いや、もう出なければいけない。

振り切るように踵を返し、ぼくは出口に向かって真っ赤な寝室を素早く移動した。花弁から脱出する時、ぼくの背中の花粉は勝利者のように雌蕊に接触し、受粉を叶えた。

外気に触れたとたんに正気に戻った。これで巣に帰れる。擦れ違う仲間とダンスを交わしながら、ぼくは一心に巣を目指した。

私の女性性

見た目はサルビア

住処は公園の花壇

ミツバチたちがもうすぐやって来るでしょう。さっき斥候隊がきて先鞭をつけていったから。わたしの花弁は十分に開き切って、誇らしく横に突き出しています。雄蕊の花粉はいつでも放たれんばかりに揺れています。時は来ました。あなた達が来るのを今か今かと待ちわびていたのです。受粉のタイミングはまさに今。明日の雨が来るまでに終わらせておきたいのです。

ある一匹のマルハナバチが急降下すると私の花の一つに飛び込みました。せっかちな様子が可笑しくてわたしはからだを揺すって笑いました。わたしの花弁をくすぐる様にもぐり込んだハチは、忙しくまた次の花へと移動していきます。わたしの花弁の下唇は大きく下に広がり膨らんで、ハチたちを容易に奥に誘い込むように作られています。わたしの内部は狭く、ハチが通るときにはかれらが必ず雄蕊の芯を押します。すると、雄蕊がハチの上から降ってきて、その花粉がかれらの身体に接触するのです。私たちの形は、ただハチの好みを最優先にして形作られました。見た目はハチたちのために。受粉によってもたらされる恩恵のために。その実は私たちの繁栄のために。

ハチは、今度は大胆に花の奥へ奥へと進んでいきます。あたたまったわたしの体内は、甘い蜜の匂いでむせ返るようでしょう。あなたはその匂いに逆らえない。だから、必ず奥まで進んでいく。その毛むくじゃらの足で、敏感な蜜ツボの内側を軽くひっかかれながら、わたしはなすがままに深奥部でハチの到来を待ちました。

そのハチは蜜ツボの底にたどり着くと、存分に蜜を吸い始めました。その小さなからだのどこに入るのか、満々と湛えられたほとんどすべての蜜を口をつけてごくごく飲み干していきます。わたしは少し、心配になりました。

もう、あなたは充分に蜜を吸ったでしょう。早く出てこないと、日差しの強いこんな日は、花の奥の熱で発酵した蜜に酔って、出てこられなくなることもあるのですよ。

わたしの心配が伝わったのか、マルハナバチは細長いわたしの中の通路を這い出してきました。脱出する時にハチは背中でわたしの雌蕊に触れ、雌蕊をおおう粘着質の液体に雄蕊の花粉をなすりつけました。そうして、わたしの受粉の願いを叶えてくれました。

これでいい。でも、まだ足りない。

わたしの無数の花たちが受粉を待っています。

早くおいで。ここにあなたの蜜があります。美味しい甘い蜜をわたしはたくさん持っています。

でも、気をつけて。甘い蜜に酔って溺れないように。わたしの願いを叶えるのを忘れないように。


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