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内なる女性性と男性性の対話      太古の木とオオカミ編

私の女性性

見た目は太古からの樹木

住んでいるところは、深い森の中の泉のほとり

根元から幹へと続く内側に大きな洞穴を持つ私は、今日もその身のうちにたくさんの命を憩わせていた。洞穴はやがて砂地へと続き、そこには清水が湧きだしていた。湧き口では美しい白い砂が舞っている。そこに思いを馳せるといつも豊かな思いが溢れてくる。わたしの命の根源だった。清水を飲みに来る動物たちは安心してそこで寛いでいくのだった。

昨夜降った雨が、今は地面の栄養とともに私の根から樹管を通って幹を駆け上っていた。太陽に照らされた私の無数の葉が樹液を呼ぶのだ。陽の光に照らされた私の葉のうちの葉緑素は、天文学的な数の化学反応のうちに変容し、元来た道を帰る樹液たちを豊潤な蜜に変えていった。樹液が登り、豊かに降るたびに、わたしに心地好いふるえを起こした。断続的に起こるふるえに身を浸していると、太古の記憶がよみがえり、原始の海に揺蕩っているように思えてくる。森の奥深くから流れているひんやりとした風が私の幹を撫でる。樹上からは、天上の愛そのものの光りが浴びせられ、大地からは惜しみなく潤いと慈しみが与えられる。それらすべてが交じり合い、わたしの身のうちで形を変えて、やがて外に向かって息づく想いとなって溢れていく。

夜には光が落ち、森が眠りにつく。その中で目覚める命たちもある。私は葉を休め、豊かな蜜となった樹液を根に降らせて蓄える。わたしの幹は次第に冷めていき、やがて樹液の流れが止まる。日の出までの数時間、私は夜の呼吸とともに眠りにつくのだ。穏やかな呼吸とともに深い森の中で佇んでいると、光のない夜の森の音が聞こえてくる。夜は音の世界だ。無数の音のすべてをわたしは聴き分けることができた。夜の音たちは、わたしにそれぞれの思いと姿を伝えてきた。音の伝えるなんという一体感。わたしという命を取り巻く、かけがえのない存在たちよ。私は音にならない音によって、夜の森に私の感じた至福を返した。夜は応えた、その底なしの包容力をもって。夜の静けさと喧騒は続く、朝が来るまで。

私の男性性

見た目は、オオカミ

住処は、森を放浪している。

群れを離れたおれは、豊かな深い森にたどり着いた。もう十分に長く生きたおれは、この森が最後の住処となるのだろう。この森は驚くほどとても豊かだ。森の懐は深く、樹勢に勢いがあった。おれは無意識のうちに、この森の命の源を探していた。これほどに豊かな森であるには訳があるはずだ。後ろに聳える山の三角形の形状や黒い岩石に縁どられた急流を確かめるように渡り歩き、やがておれは森の奥の泉のほとりにたどり着いた。

そこには大きな太古の木があった。

根元は苔で覆われ、大きな洞穴を持って、泉のほとりに悠然と佇んでいた。

なんという立派な存在なのだらう。

おれは記憶をたどって、おぼろげな作法で木の精に礼拝すると、その洞穴に近づいていった。洞穴を辿っていくと、その奥には清水の湧く場所があった。透明な水が湛えられ、水底では白い美しい砂が湧き水に踊っていた。美しい泉を持つ太古の木。泉の水のほとりで憩う小動物たちはおれの姿に気づくと素早く逃げていった。おれは

彼らには目もくれず、そのまま泉に近づくと泉の水に口をつけた。次の瞬間、おれは太古の木の中に居た。

美しい七色の樹液が音を立てて無数の樹管の中を上っていく。その音は湧き水の音と同じだった。樹上の光りを目指して、樹液たちは一斉に上っていく。上っていくごとに樹液たちが喜んでいるのが分かった。おれは自らの姿のままで、樹液たちの湧き立つような興奮をともに感じながら、幹を上昇していった。ついに樹上までたどり着くと、樹液たちはうれしそうに忙しく分かれて無数の葉の中に消えていった。おれは梢をとまり木に、それぞれの葉のうちで起こる火花と高速回転をもった変容を見守った。太陽の光は万能の神のように彼らの望みを叶えていった。豊かな甘い蜜となった樹液たちは今度は笑いさざめきながら幹へと到来し、歌うように根を目指して幹を降っていった。

これほどに命のすることは歓喜なのか。おれは稲妻に打たれるように、歓喜に震えていた。

おれの命は歓喜に震えてきただろうか。おれは敵を追い払い、群れを守り、群れを育てた。そして、いまおれは弱って、群れを追われてここにいる。おれは死んだのか。おれは生きたのか。

ふと不安になって、自分の立っている場所を確かめようとおれは足元をみた。と、次の瞬間には太古の木の洞穴の中の泉にいた。戻ったのか。安堵したおれは立ち上がろうとして、よろめいた。なんということだ。もう、時間がないのだ。やっと、自分の求めていたものに辿り着けたというのに。このままここにいては、他の動物たちが泉の水を飲みに来れなくなる。俺は力を尽くし、自分の躰を引き上げると、一足ごと洞穴の外へと躰を運んでいった。もう少し、離れよう。だが、あまり遠くへは行きたくない。この太古の木の傍でどうか。

俺は朦朧となりながら太古の木の洞穴から這い出ると、その大きな幹の脇で力尽きた。もう少しだけ、やるべきことがある。俺は小さい時に年長者から教わった最後の作法に則り、自分の躰を地面に浅く埋めて、その上にうっすらと土がかかるようにした。これでいい。この森が俺を土に返すだろう。俺の思いは少しずつ森と同化していく。俺は生きている間ずっと、俺という小さな存在をどこまで大きくするかに力を尽くした。一匹のオオカミは、やれることはやった。最後には知りたいことを知った。命は歓喜そのものだと。

俺はだんだんと境を失っていき、やがて森の命となり、俺の意識は…途絶え。た。

私の女性性その2

私の幹の傍らで一匹のオオカミが横たわっている。その躰が段々と冷えていくのを私は刻々と感じていた。古い作法を知る最後の末裔よ。よく生きた、いのちよ。

もう日が暮れる。夜が来る。夜の動物達がオオカミの躰を土に返すだろう。最後には目に見えぬ森の命たちが骨の髄まで分解し、土そのものにするだろう。そうして、わたしの命となれ。私の歓喜となれ。わたしを選んだオオカミよ。おまえの望みを叶えよう。


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